Star Trek 009     #3 My hearts'n the homeland



    第三話 我が心、故郷にあり   part1

『…  じゃあ、身体に気をつけて。
 ああ、追伸だけれど、
 ジョーが毎年楽しみにしていた庭のバラが、今年も咲いたよ』
ジョーは自室で、自分宛てに届いていたメールを読んでいた。
とはいえ、ジョーにメールを出す人は、一人しか居ない…ジョーの育て親の神父だ。
ジョーは、幼いころから地球の、ニッポンという国にある小さな教会で、 神父に育てられた。 母親は、ジョーを生んですぐ亡くなってしまっていたが、 亡くなる間際に、ジョーの母親は、自分の親友でもあった神父に、 ジョーの世話を頼んだのだそうだ。
ジョーは幼いころから、その話を聞かされていた。
そして、必ず神父は、その話の最後に、こう付け加えていた。
 『ジョー、君のお母さんは、君が産まれる事を
  とてもとても楽しみにしていた。
  君が生まれたら、たくさん可愛がって、
  幸せにしてやるんだ、といつも私に言っていた。
  君のお母さんは残念ながら今、ここには居ないが、
  君をいつでも見守っているんだよ』
ジョーはいつでも、それを聞くと自分がまるで見えない母親に守られているような気がして、 心がじんと温かくなるのだった。
ジョーには、父親もいないのだが、 ジョーはそれに関してあまり気に留めたことがなかった。
一度だけ、なにかのきっかけで聞いたことがあったが、神父とジョーの父親とは、 直接出会った事がなく、よくわからないらしかった。
だが、夫の事を、ジョーの母はとても愛していたようだ、とだけは言っていた。
ジョーの中で、『本当』の父親の事は、それっきりだった。
なぜなら、ジョーの『父親』は、神父だったから。
温かく、時に厳しく。
ジョーの事を見守っていてくれる神父の事が、ジョーはとても大好きだった。

ジョーは、メールを読み終わり、今度は、 神父にどんな返事を書こうか考えながら、もう一度読み返す。
「コンピューター。
 メーラーシステム、起動。
 宛先、神父様」
コンピューターが短い電子音を上げて、返信用画面を立ち上げる。
「こんにちわ、神父様。
 僕はもうすっかり仕事になれました。
 …」
コンピューターのビューアーに向かって、音声と画像を同時に入力するのは、 最初画面に向かって独り言を言っているようで慣れなかったのだが、 最近は少なくとも一週間に一回は向かっていないと、落ち着かなくなっている。
アカデミーに入るまで、いつもその日あった事を、 夕飯の席で神父に報告するのがジョーの日課だったからだ。
同様に、神父の顔をしばらく見ないと、何となく安心できない。
結局、ジョーと神父のメールのやり取りは、 アカデミーの時からずっと二、三日に一回くらいの頻度で交わされていた。
「…
 それでは、神父様もお仕事頑張ってください。
 ああ、そうだ。
 僕の任務は、DS9基地に行った後、第268宇宙基地に医薬品を届けて、
 ひとまず今回は終わりです。
 またすぐ次の任務が入るでしょうけど、
 バラが咲き終わるまでには、戻れそうです。
 映像は送らないでくださいね。
 自分の目で、みたいから。
 楽しみです…では」
そういって、ジョーは手紙を締めくくった。コンピューターに、メールを送るように命令する。
画面に、『送信終了』の文字が出たとき、ルームブザーが鳴った。
「はい、どうぞ」
ジョーの返事にドアが開く。
そこに立っていたのは、ジェットだった。
「よう。
 今、暇か?」
「うん…まあ、暇かな。
 何?」
本当は、一寸早いが、もうそろそろ寝ようかと思っていたのだけれど。
ジョーの返事に、ジェットがにまっと笑った。
「ホロデッキ、行かねえ?」

『ホロデッキ』とは、艦隊の船に標準で設備されている、 質量再生型ホロ映像プログラムシステムルームのことであり、 ドルフィン号には、大小合わせて五つ搭載されている。
ある特殊な技術により、本物そっくりの、三次元映像を実際に体験できるのだ。
ホロデッキ内のモノは『映像』というよりも、実際そこに存在する『物体』といったほうが近い。
ホロデッキ内の物体は、ホロデッキ内でのみ『本物』なのだ。
例えば、水に触れば濡れるし、火に近づけば、熱い。
ホロデッキ内でピストルに撃たれると(普通は安全プロトコルがかかっているので、 そんな事にはならないが)本当に怪我をするし、最悪死ぬ事すらあるのだ。
通常は、新しい実験のシュミレーションや、過酷な訓練の模擬体験などに使われているが、 それ以外の時間は(むしろこっちの方がずっと多い) 乗員たちの息抜き用のレクリエーションルームになっている。
何しろ、狭い船にずっと押し込められているようなものなのだから、 乗員たちのストレスは推して知るべし。
だから、こういう遊戯施設が重要なのだ。
プログラムは、デフォルトで用意されているものもあるが、大抵、 皆自分で自分の好みのプログラムを組んでいる事が多く、ジェットが誘ったのは、 彼が自分で組んだプログラムに、だった。
ジョーとジェットは、第四ホロデッキ…中くらいの広さのやつだ…のドアの前にいた。
「一体どんなプログラムなの?」
ここに来る道すがら、ジョーは散々ジェットにこの質問を投げてきたが、 明確な返事はもらえなかった。
結局、ジョーは何も判らないまま、ここまで引っ張ってこられたのだった。
「まあ、みりゃ分かるって。
 コンピューター、ジェットプログラム1」
「稼動中です」
ジェットのコマンドに、コンピューターから応えが返る。
ドアが、重い音を立てて開いた。


開かれたドアの向こうには、驚くべき世界が広がっていた。

「わ…
 もしかして…カジノ?」
ジョーは圧倒されながら、ホロデッキ内部を見回す。
ホロデッキに、完璧なカジノクラブが再現されていた。
ざわざわとして、煩雑な印象だが、決して猥雑な雰囲気ではない。
クラシカルな衣装に身を包んだ客とディーラー(もちろん、ホロ投影だ)が、 お互いに運と腕を競いあっている。
その間に、見知った顔が何人か…ジェットのプログラム完成を聞いて、 遊びに来たのだろうか、きらびやかな衣装の間に、艦隊の制服がちらほらと見えた。
「二十世紀初頭の、地球のアメリカの高級ホテルのカジノクラブを再現したんだ」
ジェットが得意げに言う。
「すごい…
 面白そうだね。
 僕、こういうとこ来るの初めてなんだ」
「あら、そうなの?」
ジョーの科白に、思いがけない声が後ろから答えた。
首をめぐらすと、そこに居たのは。
「…もしかして…
 アルヌール中尉に、ピュンマ?」 ジョーは、二人が一瞬わからなかった。
彼ら二人は、ホログラムのカジノの客たちと同じような、 フォーマルな衣装に身を包んでいた。
ピュンマは、黒いスーツに、淡いオレンジのアスコットタイ。
フランソワーズは、流れるようなラインのブルーベルベットのロングドレスに、 髪をこの上なく優雅にアップにしていた。
思わず、見とれるジョー。
ジェットをちらりと見ると、ジェットも顔を赤くしてぽかんとフランソワーズを見ていた。
「ふふ…プライベートではフランソワーズと呼んでっていったでしょう?
 衣装部で借りてきたのよ。
 どう?」
「スッゲー美人だぜ。
 いや、いつでもフランソワーズは美人だけど、
 さらに、ってことさ」
ジェットが夢見心地で目を細めながらフランソワーズを誉める。
フランソワーズが、優美な微笑を見せた。
「あら、ありがとう、ジェット」
「ジェット…君顔真っ赤になってるよ」
横からそっとジョーがつっこむ。ジェットも負けじとジョーに言う。
「お前こそ、鼻の下伸びてるぜ」
「え?」
ジョーが慌てて鼻の下を抑える…大丈夫、口はちゃんと所定の位置にあった。
ピュンマが噴出した。
「そうじゃなくて、ぽやーっとした顔してるって意味だよ…
 本当に鼻の下が伸びてたら大変じゃないか。
 ジェット、このプログラム最高だよ。
 流石散々皆に触れ回っていた事あるね。
 結構いろんな人来てるよ」
「みんなに宣伝して回ってたの?」
ピュンマの科白にジョーがジェットを見る。
「まあ、な。
 殆どの奴に言って回ったぜ。
 やっぱいろんな奴に見て欲しくてさ。
 尤も、あの副長(おっさん)には黙っててくれよ。
 『そんなもんしっかり作ってるくらいなら仕事をしっかりやれ』
 とか言われそうだしさ」
「まったくだな」
いきなり後方から声がかかる。
ばっと振り向いたそこに立っていたのは。
「…ふ…副長…いらしてたので?」
パクパクと金魚のように口を開閉させながら、声をやっと絞り出すジェット。
「だが、悪くない…
 よく出来てるじゃないか?」
ニヤリ、とジェットに笑いかけたのは、クラシカルなスーツを、 見事に着こなしたハインリヒだった。
上品な仕立のブラックスーツに、柔らかな光沢のブルーグレーのシルクタイ。
普段の制服姿とはまた違った雰囲気の彼は、このカジノにしっくり馴染んでいた。
「私が誘ったの…
 いけなかったかしら?」
悪気の無い口調で、フランソワーズが言う。
「いえ…いけなくないです。
 楽しんでくだされば、幸いであります」
プルプルと首を振るジェット。
口調が、ぎこちない。
「ああ、楽しんでるさ。
 幸運を」
「じゃあね」
「ぼく達はカードゲームのあたりにいくから」
フランソワーズ達は、そういってカジノの喧騒の中に戻っていった。
彼らが完全に人の間に消えてから、ジェットがジョーに向き直った。
「副長、絶対オレのこと目の敵にしてるとおもわねえ?
 オフの時までオレを見張ってるのか?
 勘弁してくれよ」
しかめっ面しく嘆くジェットに苦笑しながら、ジョーは軽く肩をすくめた。
「偶然だよ…
 それより、遊び方教えてよ。
 僕、こういうところ来たこと無いからよくわからないんだ」
副長は君のこと、結構気に入ってると僕は思うけどなあ。
ジョーの呟きは、カジノの喧騒に阻まれて、ジェットの耳には届かなかった。


「よっしゃ、初心者はやっぱり簡単な奴からだな。
 スロットマシーンはどうだ?」
ジェットに引き摺られてジョーがやってきたのは、 アンティークなスロットマシーンが並ぶ一角だった。
ドラムを指差しながらジェットが説明を始めた。
「ドラムに絵が描いてあるだろ?
 この絵を、横か斜め一直線にそろえりゃ勝ち。
 まあ、一回やって見せるから見てろって」
箱の脇にある、大きなレバーをぐいっと一気に下げる。
ドラムが回転し始めた。
ジェットが気合を入れ…一気に、ボタンを三つ押してストップをかけた。
ゆっくりとドラムが止まる。
一番左は上からサクランボ、リンゴ、数字の4。
真ん中は、Luckyの文字、サクランボ、コイン。
「お…サクランボが斜めに並ぶか?」
ジェットは、固唾を飲んで見守る。
ジョーも、ドキドキしながら最後のドラムが止まるのを待った。
最後のドラムは…バナナ、数字の3、数字の1。
スラングで悪態をつくジェット。
ジョーは思わず近くにハインリヒがいないか見回し… はるか離れたところに銀髪を見つけ、思わずほっとした。
「ざ…残念だったね」
「ちっ…折角いい感じかと思ったのによ。
 まあ、いいや。
 お前もやってみろよ」
席を譲られ、ジョーはスロットマシーンの正面に座る。
「いくぜ。
 好きなところで止めろよ」
ジェットが、掛け声と共にレバーを思い切りよく下げる。
ジョーは少し考えて…ゆっくり、ボタンを左から順番に押した。
ドラムが止まり始める。
一番左は上から数字の5、サクランボ、コイン。
真ん中はコイン、数字の5、数字の7。
そして一番左は数字の1、数字の5、バナナ、だった。
「あー…残念。
 もう一寸だったのにな…
 ジェット、もう一回いい?」
まるっきりそろわなければ、あっさり諦めもつこうというものだが、 ぎりぎりで揃いかけるとどうしてももう一回挑戦したくなる、というのが人の心。
ジョーの悔しそうな顔に、ジェットもにやりと笑う。
「いいぜ。
 …よっと」
ジェットが再びレバーを降ろす。
ジョーがスロットマシーンのボタンを今度は一気に押す。
ドラムが止まり…
「…あ、揃った」
「まじかよ?!」
ジョーの気の抜けたような声に、ジェットがドラムのイラストを凝視する。
確かに、バナナのイラストが横一列に綺麗に揃っていた。 ざらざらとコインが下から出てくる。
口笛を軽く吹くジェット。
「すげぇじゃん。」
「結構簡単だけど、
 面白いね。
 もう一回やろっと」
今度は自分でレバーを降ろすジョー。
次々と揃うイラスト。
「…ビギナースラックって奴か…?」
思わず唖然とするジェット。

結局、ジョーはスロットマシーンを全て空にするくらいの勝率を収めた。

NEXT


   

Cyborg009 futuring STAR TREK
"STAR TREK" base created by G.Roddenberry.
No reproduction or republication without written permission.
2003 Hime ©UsanosuK 009Annex "The World Court"