Star Trek 009     #2 Dicrepancy Disposition



    第二話 完璧な不協和音 後編

「あー…もう二度と、ぜってー、ダブルシフトなんて、
 金輪際やりたかねー!!」
ジェットが嘆く。
ジョーと、ピュンマは、それに無言で同意する…もっとも、 何か言おうにも、疲れすぎて口を開くことすら億劫だったのだが。
文句を言うジェットの声も、何時に無く生彩を欠いていた。
ジョー、ジェット、ピュンマの三人は喧嘩の罰則として、 ダブルシフトの連続勤務を言いつけられた。
三人は、大人しく任務をこなし、つい先ほど漸く地獄の勤務時間が終了した所だった。
幽鬼のようにふらふらと通路を行く三人を見て、すれ違う人はギョッと振り返る。
「…ご飯…どうする…?」
ジョーが、今にも倒れそうになりながら、ぼんやりと聞く。
目の下に隈がくっきりと浮き出ていた。
「昨日の今日で、ラウンジに行くのもなんか嫌だよね…」
ピュンマの声も、まるで幽霊が喋っているかのごとく、頼りないものだった。
彼のつややかな黒檀色の肌も、今は全く張りが感じられない。
「っつーか、疲れすぎて飯食う気力ねえよ」
「あー…それも確かにね…」
ジェットに、ピュンマが同意する。
「…僕の部屋に、地球産のコーヒー豆があるよ。
 皆で飲まない?」
「お、いいな。
 豆から入れるコーヒーはやっぱ格別だぜ」
「一息入れるのには丁度いいね」
ジョーの提案に、二人とも、一も二も無く頷くと、 三人連れ立ってふらふらとジョーの部屋と向かった。

「どうぞ、入って」
ジョーがにこやかに、部屋の中に友人二人を招きいれる。
が。
「…入ってとか言われても…」
「入りづらいぜ、こりゃ…」
ピュンマが唖然とし、ジェットも呆然と部屋の中を見回す。
ジョーの部屋は、何と言うか…
無理矢理一言で表すならば、

『異様』

だった。
士官に与えられる、居住スペースは、その階級により広さや、 居住人数などに違いがある。
例えば、一般隊員は、通常四人部屋で、バス・トイレは共同である。
下級士官は二人部屋であり、バス・トイレ、 及び小さなキッチンが各部屋に付くが、部屋自体の広さは、 一般の隊員とそう代わりはない。
少尉以上の、上級士官になると、個室がもらえ、少し広い部屋になるのだが。
「なあ…ここ、こんなに狭かったか…?」
「うーん…最初もっと広かったような気がするけど、
 荷物入れたらなんか狭くなっちゃった」
ジェットの疑問に、ジョーがおっとりと、コーヒー豆を挽きながら答える。
もちろん、狭くなったのではなく、狭く感じるだけなのは分かる。
分かるが。
その狭く感じる原因が、部屋の壁いっぱいにかけられた、 異様なポスターのようなものや、机の上、サイドボードの上、 本棚問わずそこかしこに置かれた変に極彩色な置物。
そして、部屋に入って真正面に置かれた、 人もすっぽり入りそうな大きな四つの壷だとしたら。
「…この壁のポスター外して、そこの壷捨てりゃ
 広くなるぜ、きっと…」
四方八方からの圧迫感に、ジェットが心もとなさげに言う。
それに対するジョーの答えは。
「やだ」
一言だった。
「まあ、ジョーがいいなら、別に何もいえないけどねぇ…」
ピュンマとジェットが顔を見合わせる。
そんな二人を気にする風も無く、ジョーが言った。
「それより、二人とも立ってないで、
 好きなところに座って。
 もうすぐコーヒーも入るし」
ピュンマとジェットはお互い肩をすくめ、ピュンマはソファーに腰掛け、 ジェットはテーブルの近くにあった、毛皮のクッションが置いてあった椅子を引き寄せた。
クッションの上にジェットはよっこいせ、とばかりに座り―
キュー!!
抗議するような甲高い動物の悲鳴に、文字通り飛び上がった。
「な…なんだあ?!」
「ああっ、クビクロ?!」
「クビクロ?」
ジョーが慌ててジェットを突き飛ばす。
突き飛ばされたジェットは、呆然とジョーが抱え上げた毛玉を見、 ピュンマはそんなジョーに尋ねた。
「クビクロって…その…毛玉?」
ジョーの抱えた物体を何と言えばいいのか分からず…とりあえず見たままを言う。
確かに、それは『毛玉』だった。
全体的に茶色がかった毛並みに、一部に太い帯状に黒い毛が生えている。
さながら、くるくると丸めた、ファーマフラーだった。
「クビクロ、大丈夫?」
ジョーが毛玉に慈しむように尋ね…
『クー』
毛玉が、かすかに震えながら、答えた。
ぽかん、としながらジョーと、『クビクロ』と呼ばれた毛玉を交互に見上げるジェット。
ジョーは、自分が突き飛ばしたままへたりこんで呆然としているジェットにずい、 と毛玉を差し出して、言った。
「クビクロに謝って!」
「あー…なんというか…
 その、悪かったな。
 座っちまって…」
それ以外にジェットに何と言えたのだろうか。
ジョーが抱きしめる毛皮の塊を見ながら、ピュンマが思い出したように聞いた。
「もしかして…それ、トリブル?」
トリブルとは、可愛らしく鳴く声と、極上の柔らかい毛皮で、 ペットとして人気の生物である。
体長は大抵十センチくらいから、最大で三、四十センチほどにまでなる。
百年程前、とある惑星の貿易商が、地球に紹介し、爆発的な人気が出たのだが。
「…でもトリブルって、確かものすごい繁殖力じゃなかったっけ…?」
本来、エサが極端に少ない、厳しい環境の星で進化したため、 少しでもエサを取ると、その場で繁殖をはじめてしまうのだ。
エサさえ与えなければ、簡単な世話と、可愛らしい外見をもつ、 大人しい性質で、めったに大きな声を立てない、というまさに理想のペットなのだが、 麦粒一粒が、トリブル一匹、とまで言われる、脅威の繁殖力。
それゆえ、トリブルに絶対にエサは与えてはならないとされている。
この場所で、食事を取って大丈夫なのか、といいたげなピュンマの視線に、 動じることなく、ジョーが、トリブルを抱えたまま器用にコーヒーを注ぎながら言った。
「不妊化処置施してあるから、平気。
 医療部のお墨付きだよ。
 もし間違ってエサ食べちゃっても、
 子供生まない代わりに体が大きくなるだけ。
 それより、コーヒー入ったよ」
ジェットが、改めて椅子に座り直し(彼は座る前に、 もう一度生きたブーブークッションが無いかを確かめていた)、 ピュンマがコーヒーに口をつけたところで、ドアチャイムが控えめに鳴った。

「お邪魔…だったかしら?」

ドアを開けた向こうに居たのは、なんとフランソワーズだった。


「ダブルシフトで疲れているだろうと思って。
 疲れには甘いものが良いのよ」
部屋に入ったフランソワーズが、 そういいながら持っていたバスケットからクッキーを取り出す。 甘く、優しい香りが部屋に広がった。
「わー、美味しそう。
 もしかして、アルヌール中尉が作ったんですか?」
ジョーが目をきらきらさせながら言う。
クビクロを、膝の上からそっと降ろしてやると、 クビクロはもこもこと壷の方に移動していった。
「フランソワーズでいいわよ。
 敬語も要らないわ。
 ええ、そうよ、手作り」
微笑みながら、フランソワーズがクッキーをテーブルに広げる。
ジョーたち三人のゾンビのようだった顔に一気に生気が戻った。
「すっごく美味しい」
「マジ美味いぜ。
 フランソワーズは菓子作りの天才だな!」
ピュンマとジェットも、次々と手を出す。

あっという間に、クッキーは売り切れた。
ほやん、と夢見ごこちの三人に、フランソワーズがそっと問い掛けた。
「あのね…話があるんだけど」
「なにー?」
ほやーっとしながら答えるジョー。
疲れと、適度におなかが膨れたので、眠気が出てきたようだ。
「…あなた達が喧嘩した、ボーレス准尉のことなんだけど…」
その名前が出た瞬間。
たるんでいた三人が、ばっと反応した。
三人の視線が一気にフランソワーズに集まったが、フランソワーズも慣れたもの。
動揺の片鱗も見せずに、言葉を続けた。
「その…彼が、ボーグを嫌うのは理由があったのよ」
先ほどの幸せそうな表情は何処へやら、うって変わってむっつりした表情で唸るジェット。
「どんな理由だよ。
 例えその理由がなんであっても、
 副長をけなす理由にはならねーだろ」
「そういわずに聞いて。
 あのね、ボーレス准尉は、
 ウルフ359の戦いのときに、その場にいたんだけど、
 そのとき、彼の乗っていた船がボーグに攻撃されて…
 彼の兄弟も、友人も、全員ボーグに殺されてしまって、
 彼自身も重傷を負って、生死の境をさまよったんですって。
 彼にとっては、例え副長が殺した張本人じゃないとはいっても、
 ボーグが、自分の親しい人を全て葬り去った殺人者が
 目の前に歩いているのと同じことだったのよ。
 彼と話しをしたけれど、本人も、それは判っているみたい。
 ただ…宇宙船内で―いわゆる一種の緊張状態の中で、
 その、トラウマが表面化したようなの」
「判ってるて…
 本当に判ってるかどうかは誰にも判んないんじゃないのか」
ピュンマが、辛辣な表情と声で指摘する。
フランソワーズは、そんなピュンマの態度にも、微笑を崩さずにいった。
「『判る』のよ、私には。
 私は、ベタゾイドだもの」
ジョーが、目を見張った。
ベタゾイドとは、ベータゼット星の人の呼称である
(因みに、地球人は、公式では『テラン』である)。
強力なテレパシー(精神感応力)と、エムパシー(感情移入能力)を持ち、 美しい瞳が特徴である。
ただし、テレパシー能力は、お互いにテレパス、あるいはエムパスでない限り、 完全には発揮されない。
ついでながら、フェレンギ人に対しては、この能力は何故か一切使えないそうだ …どうやら、フェレンギの脳組織が、特殊なことと関係があるらしい。
それはともかく、そういう特徴を備えているとは言っても、外見上、 ベタゾイドとテランにあまり大きな違いはないため、三人とも今の今まで、 フランソワーズは地球人かと思っていたのだ。
「ベタゾイドなら…
 あの時、僕たちの考えていることくらい、
 僕達が言わなくても判っていたんじゃないの?」
ジョーが、一寸ふてくされたように言う。
フランソワーズは、頭を振った。
「いいえ。
 私に判ったのは、あなた達が何かに対して、
 腹を立てていた…と言うことだけ。
 普段は、『能力』を使わないようにしているもの。
 それに、私が無理矢理相手の心から引き出すより、
 相手が自分から心を開いてくれた方が、
 その人にとってはずっと良いことだから」
「そっか…変なこといっちゃって、ごめん」
ジョーが素直に謝る。
それに対して、フランソワーズは柔らかく微笑んだ。
「いいのよ。気にしないで。
 …確かに、ボーレス准尉の言ったことは、許しがたいことだわ。
 でも、だからといって、いきなり殴っても良い…
 なんてことには、ならないでしょう?」
「ああ…確かにな…」
ジェットが呟く。
「駄目だな。
 オレは、何時もこうだ。
 一寸でも気にいらねえことがあると、ついかっとなっちまう。
 どうにかしたいと思ってるのに…どうにもなんねえ」
そういって、わしわしと髪をかき回すジェット。
フランソワーズは片眉を丸く吊り上げた。
どうやら、ジェットは『自分』を判っている。
判ってはいるものの、自分の激情を抑える術を知らない… だが、自分の感情ときちんと向き合い、コントロールする術を知れば。
ジェットは既に素晴らしい能力をもっているのだから、それを、 さらに飛躍的に伸ばすことが出来るかもしれない。
「ぼくも…皆に、冷静だって言われることが多いけど、
 本当は冷静なんかじゃない。
 あえて、冷静であろうとしてるだけなんだ。
 そうでもしないと、たまにこういうふうに
 急に沸点が高くなっちゃって…」
そういって、肩をすくめるピュンマ。
ピュンマの冷静さは、元からではなく、自分で努力して作り上げたもののようだ。
フランソワーズは、それに気付いて、そっと微笑んだ。
彼も、自分を判っている…あと、もう少しの努力があれば、さらに大きく成長できる。
彼にも、感情のコントロール術が必要のようね。

…ジョーはどうなのかしら。

「でも…やっぱり、誰かのことを悪く言うのはいけないことだよ。
 神父様に、他人の悪口を言ってはいけませんって教えられたもの。
 悪いことをしたり、言ったりすると、天罰が下るんだって」
何と言うことかしら!
フランソワーズは、ジョーのその科白に、 思わず自分の感情抑制術が粉々になるかとさえ思った。
そっと、心の壁を下ろし…ベタゾイド特有の表現で、 エムパシー能力を使うことを意味する…ジョーの精神(こころ)に接触してみて、仰天した。
ジョーは、自分を判っている。感情の抑制方法も、完璧といっても良いだろう。
だが、ジョーは、『彼が殴られたのは、彼自身が悪かったからだ』と、 そう考えているのだ。
彼は、正義の味方のつもりなのかしら?
否、そうではない。
彼は、確かに強い正義感をもっているが、別に自分を正義の代弁者とは思っていない。
ただ、ジョーはこう考えているだけだった…
『彼を、許せなかったんだ』

そうか。
本当に『幼い』のは、ジョーなんだわ。

フランソワーズは、そう思いあたって、合点した。
ここに来る前に、調べたジョーの資料には、ジョーはアカデミーに入るまで、 ずっと地球のジャパン…現地の言葉で、 ニッポンと呼ばれる国の自分の住んでいる土地から、ほとんど出た事が無い、とあった。
誰とも仲良くやっている…と書かれてはいたが、その中で特に仲の良い友人は? と調べると、全くといっていいほど名前が出てこない。
幼いころに両親を亡くし、それからずっと教会で、神父に育てられていたそうだ。
神父にしても、町の人々に対して、博愛と慈愛の精神でもって接していたようだが、 どうも特定の仲の良い友人はつくらなかったようである。

ジョーの心は、殆どが、神父から教わった言葉が元になって構築されている。
非常に明るく、正しい、真っ白な精神(こころ)。
だが、幼い心は、他人のことを自分に置き換えて考えることが出来ない。
自分が出来ること、考えることは、他人も出来、またそう考えると思っている。
全くの、無自覚、無意識の、自己中心的考え。
何と言うことかしら!
フランソワーズはもう一度そう思い、思わずため息が出そうになって、必死に押し殺した。

おっとりとした、優しげな、一番問題無さそうなジョーが、一番の問題児だったなんて!

…いいえ、ここでひるんじゃ駄目よ、フランソワーズ。
あなたの専門は、こういう人の、自己成長を手助けすることでしょう。

フランソワーズは、首を一つ振って、そう自分に言い聞かせた。
ジョーだって、何時までも幼いままではいないだろう。
艦隊士官としての、責任と、義務。
この二つと、それから、ジョーの真っ直ぐな、素直な心があれば、きっと大丈夫。
今は全く未知数だけれども、いつか必ず、彼は大きく成長を遂げるだろう。
それを信じられるだけの、可能性を彼の心はもっている。

「とにかく、あなたたち三人とも、
 一度ボーレス准尉と話した方がいいわ。
 もし、あなたたちだけでは無理だ、
 というなら私も同席するから。
 …一度、とことんお話してみなさいな」
殴りあうだけじゃ判らないことが見えてくるかもしれないわ、 そういって、フランソワーズは茶目っ気たっぷりに、ウインクをした。
それに三人は、お互いに顔を見合わせ…
同時に、照れくさげに頷いた。


その翌々日。
ジョー、ジェット、ピュンマの三人は、フランソワーズと共に、 ボーレス准尉の部屋の前にいた。
ジョーが、ドアのブザーを鳴らす。
「はいはーい、どちらさーん…?」
中から応えがあり、ドアが開いた。出てきたのは、准尉のルームメイトだった。
彼らの姿を認めたとたん、慌てたようにパッと背すじを伸ばす。
「シマムラ少尉にリンク少尉、それに大尉も?
 アルヌール中尉まで…
 上級士官がそろって何の御用でしょうか?」
フランソワーズが、彼に聞く。
「ボーレス准尉に話があるんだけど…いるかしら?」
「はい、おります。
 お呼びしましょうか?」
「お願い」
彼が部屋の奥に引っ込み…しばらくして、ボーレスが出てきた。
ボーレスが折ったという鼻骨と歯は、綺麗すっきりと治療されていたが、 鼻の部分の腫れや、痣はまだかすかに残っていた。
「あの…何の御用ですか…?」
訝しげにボーレスが、四人を見る。
ジョーがおずおずと話しかけた。
「その…話があって。
 ここじゃなんだし、どこか他の…
 ゆっくり話が出来るところ行かない?」
「構いませんが…」
ボーレスは、相変わらず注意深く視線を注ぎながら、部屋から出た。

五人は、フランソワーズのカウンセリングルームにいった。
ここなら、フランソワーズが許可しない限り誰も入ってこないし、 話を聞かれる心配も無い。
フランソワーズは、部屋に入ると、四人の為に、ハーブティーを入れた。
少しでも、リラックスできるように、との気配りである。
「あのね…この間の喧嘩のことなんだけど…」
部屋に入って、しばらくお互い所在無げにもじもじしていたが、 ジョーが漸く決心した、というように口火を切った。
「ああ、そのことですか」
ボーレスが、あっさりと応対した。
あまりに彼が爽やかに応対したので、ジョーは目をしばたいた。
ジェットとピュンマも、虚を突かれたようにボーレスを注視する。
ボーレスは、照れくさげに告白した。
「実は…昨日、ハインリヒ副長と話をしたんですよ…
 というか、まあ、自分から行ったんですけど…
 自分のした事と、言ってしまった事を副長に全部話したら、
 副長、何て言ったと思います?
 『俺は君の言った事をその場で直接聞いてないから、
  そんなことは知らない。
  喧嘩した反省だというなら、反省レポートも見たし、
  罰則も執行された。
  とっくに決着の付いたことを、
  何時までも気にしているのは、無意味だ』
 …って。
 そういうんですよ。
 可笑しいですよね、
 本人の気持ちは未だに整理ついて無いというのに…」
一気にハーブティーを飲み干し、ジェットが言った。
「それでいいのかよ…」
荒々しくジェットは。カップをソーサーに戻す。
ジェットの台詞には、『誰が』という言葉が入っていなかった。
『それでいいのか』という問いかけは、ボーレスに向けたものなのか、 それともここには居ない、ハインリヒに向けたものなのか。
ボーレスに向けたものであるなら、そう言ったハインリヒの科白を、 唯々諾々と受けたボーレスに対する苛立ち。
ハインリヒに向けたものなら、そう言った自己犠牲とも、皮肉とも取れる科白を、 部下に向かってはいたハインリヒに対する苛立ち。
フランソワーズですら判断つきかねたが、むしろ、両方に対してなのかもしれない。
ボーレスは、自分に向けたものと取ったようだ。
「自分のしてしまったことは、自分でよくわかっています。
 副長は、自分の話を少ししてくれたんです。
 …『ボーグ』を、許すことは出来ないです。
 でも『副長』は、尊敬します。
 僕は、ボーグに友人や兄弟を殺されて、
 自分もボーグの所為で大怪我して、
 ずっと自分がこの世で一番不幸だと思っていたんですけど…
 皆、それぞれ不幸なことがあって、
 誰が一番不幸かなんて比べられないんですよね。
 副長と話していて、自分のそんな考えがあまりに情けなくなりました」
ボーレスは、さっぱりした顔をしていた。
ハインリヒと話したことで、自分の過去の傷と向き合うことが出来て、 自分の整理つきかねていた感情を客観的に見れるようになったらしい。
まだ、心の傷が全部癒えたわけではないけれど、良い兆候だ。
ふとフランソワーズがジョーを見て…ビックリした。
「…ジ、ジョー…?」
ジョーは、うるうると涙目になっていた。
ピュンマとジェットも、ギョッとする。
「ジョー?」
「どうしたんだよ、オイ?」
「だって…だって…
 ボーレス准尉、かっこいいんだもん。
 副長も…」
どうやら、感激の涙だったようである。
目をきらきらさせながらジョーが続ける。
「あのね、この間、ジェットに副長が、
 『噂するなら本人に聞こえないところで』って言ってたんだ。
 つまり、それって、今まで散々目の前で
 たくさん嫌な噂されてきたってことでしょう?
 それなのに、そういえる副長ってすっごくかっこいいなって」
「そうでしょう!
 副長、かっこいいですよね。
 今まで副長のことボーグだとかって、
 勝手に嫌ってた自分が本当に恥ずかしい。
 大切なのは、今です!
 過去になんだったか、何してたかなんて関係無い、
 今、どうなのかが重要なんですよ。
 自分は、副長と話して、それに目覚めました」
ボーレスも、ジョーに同意する。
二人は、そのまま副長(ハインリヒ)談義を始めてしまった。
「…オレ達、何しにきたんだっけ…?」
ジェットが唖然としたようにピュンマに聞く。
ピュンマも、肩をすくめながらジェットに言った。
「もう、後腐れも消えたみたいだし…
 今更喧嘩のことを蒸し返すよりは、
 まあ、いいんじゃないのか」
「…だな」
ジェットが息を吐く。
フランソワーズが、そっと呟いた。
「…仲良きことは、美しきかな」

ジェットとピュンマはそれを聞いて、お互いに目配せしあい…

耐え切れずに、はじけるように笑った。

ボーレスと、ジョーの副長談義は、しばらくとどまりそうに無い。
フランソワーズは、ハーブティーをもう一杯入れようと、そっと席を立った。

FIN. 


       →

Cyborg009 futuring STAR TREK
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2003 Hime ©UsanosuK 009Annex "The World Court"