† 白風の旋律 † 後編

「ソコ!
 声ガ小サイ!」
「イエッサー!」
少尉のアヒャの檄が飛ぶ。
城の西側の、兵士たちの訓練場。
ここでは、毎日兵士達が己の身体と技を鍛えている。
今日は、珍しくモラ王子が、その様子を見学していた。
訓練場の片隅に、日除けのテントを張り、その中でフーンや
お気に入りのメイドたちを従え、上機嫌だった。
尤も、この王子が不機嫌に怒っているところを見たものなど、ほとんどいないのだが。
王子のテントを、そっと盗み見ながら、兵士の一人が隣にいた男に囁く。
「なあ、なんで今日に限って殿下がいるんだ?」
「さあな…殿下は気まぐれだから」
そこに、もう二人近づいてきた。
「なあ、それより、何のお咎めも無し…だよなあ」
「D中尉もこっちにぜんぜん気付かないし」
そう、彼ら4人が、昨日の『例の男たち』である。
最初は、いつお咎めを喰らうかと、昨日のことがいつ話題に上るかと
びくびくしていたのだが、まったく何も誰もいわなかった。
もしかしたら、あの時すぐ逃げたので、Dに顔を見られなかったのかもしれない、
と4人は大分気を抜いてきていた。
「こらソコ!」
「イエッサー!」
Dの叱咤に一瞬ドキリ、とする四人。
「止まってないで、次はスクワットだ!」
「イエッサー!」
にやり、と4人がお互いを見てほくそえむ。
どうやら、本当に自分たちは上手くいったらしい。

「ね、大佐」
「はっ、なんでしょう、殿下?」
モラ王子がちょうど自分の側にきた師団長のモモラーを呼び止める。
楽しそうに笑いながら、モラ王子が椅子から身を乗り出した。
「ちょっとお願いがあるんだ」

「全員集合!」
「イエッサー!」
モモラーがモラ王子のテントの前に立ち、集合をかける。
訓練場中に散っていた兵士が、素早く整列した。
「ドウカシタンデスカ?」
アヒャが聞く。モモラーはちらり、と王子のほうを見ていった。
「殿下が、実際に我々が闘っているところを見たいとお望みだ。
 よって、これより練習試合を行なう」
「試合の形式は?」
Dの疑問に、モモラーが答える前に、モラ王子が答えた。
「んー、あっ、バトルロイヤルが良いな。
 全員にやれとはいわないよ、
 そうだなあ…4人くらいで良いんじゃないかな。
 ねぇ、中尉?」
君が対戦者を決めてよ、とモラ王子はにっこり笑った。
Dも、心得たように、敬礼する。
「ハッ、殿下。
 それでは…
 オマエ、オマエ、オマエ、それからオマエ」
Dは、もちろん例の4人を指示した。
4人は、恐怖に固まる。
上官の命令は絶対だ。素早く前に出なければならないが、足が動かない。
「早く出て来い!」
モモラーに叱咤され、ようやく四人が前に押し出されるように進み出た。
顔が真っ青になっている。
「武器は自由、相手を殺すか、戦闘不能にさせたほうの勝ち。
 逃げたらもちろん負けね」
モラ王子がルールを説明する。
「そうだな、最後まで残った人には…
 うん、ご褒美で一階級特進ってのはどう?」
「良いでしょう」
フーンが無表情に頷いた。


「用意はできたか!」
全員闘技場へと移動し、モラ王子たちも貴賓席に座ったところで、
モモラーが声を張り上げた。
「時間は無制限!
 始め!」
モモラーの合図で、闘技場の四隅の柵が開き、
そこから4人がそれぞれ手に得物をもって出てくる。
両手剣を持った男の足が、柵から出たところで、一瞬止まった。
「おーい、如何したー!」
「足が震えてるぞー」
周囲から野次が飛び、両手剣の男に向かって石が投げられる。
「う…
 うわぁあああっ!」
耐え切れなくなったのか、男が剣を手放して、逃げ出そうとした。
が、その瞬間、男は後ろから袈裟懸けに斬られた。
「は…はは、
 背中見せる方が悪いんだぜ」
両手に波刃のショートソードを一本ずつ持った男が、いつのまにか近づいていたのだ。
「悪いな、俺はまだ死にたくないんだ」
「…俺も…また、死にたくねぇ!」
斬られ方が浅かったのか、背中から血を流しながら、両手剣を握り締め、
男が立ち上がった。そのまま、剣を振り回す。
が、大振りすぎて、難なく避けられた。
ショートソードの男は、少し下がって間合いを取ると、改めて両手の剣を構えなおした。

ロングアックス(長柄の戦斧)を持った男と、曲刃の片手剣を持った男は、
そのちょうど対角でじりじりと対峙していた。
間合いは、ロングアックスの方が有利。
しかし、スピードならば、片手剣の方が有利である。
先手必勝とばかり、片手剣の男が突っ込む。
ロングアックスの男は、しっかり両手で構えると、相手の突き出した剣の切っ先を
アックスの腹で受け止める。
そのまま押し返し、相手の手から剣を弾き飛ばした。
好機、とばかりにそのままアックスを大きく振り上げる。
「ぎゃぁあっ!?」
しかし、次の瞬間叫んだのは、アックスの男の方だった。
「ははは…油断大敵だぜ」
アックスの男の腕に、投げナイフが刺さっている。
片手剣を弾き飛ばされたのは、相手に武器を大振りさせるための罠。
相手の僅かな油断を逃さず、死角から刺したのだろう。
小さなナイフは、それ自体にはほとんど殺傷能力はない。
しかし、傷口から流れる血と痛みは、集中力を奪い、隙を作りやすくしてしまう。
男は、相手が素早く剣を拾い、間合いを取るために
下がるのを見ながら、ナイフを忌々しげに抜いた。
「くそっ…絶対生き残ってやる…っ!」

「うーん、やっぱり命がけって言うのは面白いよねぇ…
 普段は理性や倫理観とかで押さえられている、人の本性が現れる。
 そう思わないかい?」
モラ王子は、貴賓席で楽しそうに試合と言う名の殺し合いを見学しながら、
脇に控えるメイドのしぃに言った。
彼女が少し考え、答える。
「…人の本性は獣といいますから、これが一番自然な姿なのでしょう」
「あはは、そう、まさに獣だよ!
 見てご覧よ、あの浅ましい姿!
 それでも、僕はあの姿が一番美しいと思うんだ。
 何でも、一番美しいのは自然の姿だろう?
 空の鳥然り、野の花然り…」
まだ続けようとしたモラ王子の科白を、突如沸いた歓声が遮った。
「あれ、どうしたのかな?」
「殿下、こちらですわ」
メイドののーが、闘技場の一角を指差す。
ちょうど、貴賓席のすぐ側だ。
モラ王子は、よく見ようと、席を立ち、手摺から身を乗り出した。

「死にたくねぇ…死にたくねぇ…」
両手剣を構える男が、ぶつぶつと壊れかけたレコードのように呟く。
いや、もしかしたら極限状態の中で、本当に精神が壊れかかっているのかもしれない。
背中から流れる血が、地面に赤い水玉を作る。
ショートソードの男は、警戒しているのか、動かない。
ぱちゃん、と血が地面に落ちる音に、男が絶叫した。
「死にたくねぇえっ!」
そのまま、驚くほど速いスピードで、二刀流で構える男の懐に踊りこんだ。
一瞬、反応が遅れる。
「!」
どう、と会場を揺るがす歓声が沸いたのと、ショートソードを構えたままの左腕が、
肩から斬り飛ばされたのとは同時だった。
どさり、と重い音を立て、腕が地面に転がる。
少し離れたところに、ショートソードが硬い音を立てて転がった。
「がっ…あっ…くぅ…っ」
あまりの激痛に、声も上げられず、思わず右手のショートソードも取り落とし、
肩を押さえてうずくまる男。
彼の血に濡れた剣をだらりと提げ、相手がゆらり、と幽鬼のように振り向くのにも気付かない。
上からの殺気に、男は肩を押さえながら、カンだけで右に避けた。
ざん、とすぐ脇の地面に刃が食い込む。
避けた男は、そのまま転がるように地面を移動し、懐から拳銃を取り出した。
続け様に引き金を引く。
痛みの所為で、照準が甘かったのか、ほとんどの銃弾は、
両手剣の男に当たらなかったが、一発だけ、彼の右肩に当たった。
が、銃弾が当たったにもかかわらず、男は勢いを落とさずこちらに向かってきた。
「ひッ…!」
恐怖にかられ、拳銃の引き金を引くが、既に弾倉は空、
かちん、とむなしい音が響いただけだった。
「うっ…うわぁぁあああっ!」
両手剣が、深深と彼の身体に突き立った。

「んー、一人脱落、かな」
語尾にハートマークをつけそうな勢いで、王子が唄うように言う。
そのとき、モラ王子のいるちょうど下に、胸に大穴を開けた男が蹴り飛ばされてきた。
まだ、かろうじて生きている。
「…なんで…こんな…」
荒い息の下、男が絶望したように言う。
モラ王子は、上から声をかけた。
「何でって、わからないの?」
「?」
上を見る男。
モラ王子は、下の男の顔を覗き込んだ。
「君たち、昨日女の人と司祭様を虐めたんだって?
 ダメじゃない。
 いけない子には、お、し、お、き、
 ね?」
にっこり、と、小さな子に言うように優しく言う王子。
男の顔に、恐怖が張り付いた。
その表情のまま、追いかけてきた男に、首を落とされる。
吹き上げる血が、モラ王子の白皙の頬を濡らした。

「…まさか、こうなるとは思ってもなかったんじゃネーノ」
「アン?」
ネーノが、ぽつり、というのを聞きとがめ、Dが聞き返す。
「明日をお楽しみに、って昨日殿下に言われたけど、
 まさかこうするとは…」
夕べ、ネーノがモラ王子に礼拝を休みにする旨を伝えに言ったとき、
王子は、フーンから簡単な経緯を聞いていたのか、
4人に対して何らかの処罰を考えている、と言っていた。
 『下っ端兵士たちに虐められて、怪我しちゃったんだって?』
 『悪い子達には、お仕置きが必要だよね』
 『明日の午前中、ネーノも訓練場に来てね』
お見舞いに、と側の花瓶から薔薇を抜きとりながら言うモラ王子の言葉を思い出す。
そのときは、何らかの拷問を科すのかと思っていたのだが。
ちらり、と闘技場内を見れば、両手剣を持った男が、
己の得物を相手の胸に突き立てたところだった。
強引に剣を抜き、その勢いで相手に回し蹴りを叩き込み、貴賓席の下へ蹴り飛ばす。
その様子を見ながら、Dが何となくうずうずしているのに気付いた。
フーンも気付いたのだろう、声をかける。
「D?」
「アーッ!もう我慢できん!
 殿下!」
いきなりDが立ち上がり、モラ王子に声をかける。
頬を血に染めたモラ王子が振り返った。
「何?
 どうしたの、中尉?」
「オレも参加したいデス!」
Dの発言に、一同目を丸くする。
王子にハンカチを差し出そうとしたしぃの動きも思わず止まる。
いち早く立ち直ったモモラーが、Dをたしなめた。
「バカなことを言うな、中尉」
「良いよ」
が、モラ王子はあっさり承諾した。
「殿下?!」
思わず慌てるモモラー。
「しかし、これはバトルロイヤル(殺し合い)なんですよ!」
「あれ、大佐は中尉があんな下っ端に負けるとでも思ってるの?」
逆に王子に、きょとんとした顔で返され、モモラーは言葉に詰まる。
「向こうのロングアックスと片手剣の戦いも、いい加減硬直状態で
 面白くなくなってきたし、ここらで趣向を変えても良いんじゃない?」
「ダッタラ俺モ参加シタイデス!」
「アヒャ少尉はダメ。
 早いもん勝ち、限定一名様。
 ごめんね」
王子に言われ、しょぼんとするアヒャ。
Dが軽く身体をほぐす。
「…行っていいよ」
王子のGOサインに、Dはにやりと笑うと、貴賓席の手摺を飛び越えた。

突然上から降ってきたDに、両手剣の男の動きが止まる。
「ヒャヒャヒャ、乱入させてもらうゼ!」
Dが上機嫌に言うのに続け、上からモラ王子も声をかけた。
「D中尉はハンデで武器無しね。
 あ、相手の武器を奪うのはあり」
「そ…そうか…中尉は武器無しか…
 チャンスじゃねぇか…」
武器無し、と聞いて男が剣を体の正面に構え、向かってきた。
「甘いナ」
興奮しているせいで、技も何もなく突進してくるだけの男の突きを軽くかわし、
Dはその勢いを利用して相手の延髄にハイキックを入れる。
衝撃で、相手は吹き飛び、壁に激突した。
それに気付いた、ロングアックスの男と片手剣の男も、
まずはDを片付けようと、Dに向かってきた。
ロングアックスのように重量のある武器は、その攻撃の型が大体決まっている。
とくに、ロングアックスには、その武器の形状上『突き』はない。
自然、重量と遠心力を利用して大きく振り回すことになるために、
Dにとって避けるのは全く簡単なことだった。
体勢を低くして刃を避け、足払いをかけると、相手は簡単に倒れた。
そのまま相手の頭を踏み潰し、アックスを遠くへ蹴り飛ばす。
「ぐげぇ」
蛙がつぶれたような声が聞こえ、Dは爆笑した。
「ヒャヒャヒャ、ナンだその声ー!
 …オット」
突然飛んできたナイフに、一瞬にして冷静になる。
先ほどから見ていて、彼がこの4人の中では尤も冷静で、戦闘能力が高かった。
じり、と間合いを詰める相手に対し、Dが僅かに目を細める。

空気が、ピン、と張り詰めた。

「ぐぅ…がぁああっ!」
「!」
先ほど足払いをかけた男が、Dの後ろから襲い掛かってきた。
しかし、Dはその男を難なく避けると、男の背中を押した。
自分の勢いと、Dに押された勢いの相乗効果で、止まれずに片手剣の男に向かってしまう。
相手を斬ろうか避けようか、僅かに躊躇する。
結局、避けきれずに、相手に向かって剣を突き出した。
二人の動きが止まった隙を見逃さず、Dが先ほど投げられたナイフを拾い、
相手に刺した剣を抜こうと、Dから注意のそれた男の額に向かって投げ返した。
狙い過たず、ナイフは男の額のちょうど真ん中に突き刺さり。
二人そろって地面に倒れた。ぴくりとも動かない。
「フゥ、ビックリした」
全く吃驚してないような口調でDが言う。
が、突如横から湧き上がった殺気に、Dが振り返りもせずに大きくその場から飛びのいた。
今までDの居たところに、銃弾が突き刺さった。
先ほど、壁に激突した男がDに向かい、銃を構えている。
「…後はアンタだけだ、D中尉」
「の、ようだナ」
Dも頷く。
「オマエ、確か昨日司祭を押さえつけてたやつだよナ」
Dの言葉に、男が激昂したように叫んだ。
「だったらなんだ!」
「いけないよナー、聖職者を虐めちゃ…
 懺悔しろヨ」
Dがからかうように言う。
「…するか!」
男が、ますます怒り狂い、Dに向かって引き金を引いた。
銃と言うのは、弾が当たって初めて威力のある武器である。
そして、その弾は、必ず直線に飛ぶ…つまり、銃口と、
引き金を引くタイミングにさえ気をつければ、弾を避ける事はできるのだ。
当然、男が引き金を引くことはDの予測の範囲内で、
その上、先ほど利き腕の方の肩を撃たれている所為か、動きが甘い。
Dは大きく横に飛んで避けると、さらにからかうように言った。
「オレが聞いててやるヨ、
 ヒャヒャヒャ、懺悔しな!」
男は怒りで顔を真赤にしながら、、無茶苦茶に銃を乱射した。
Dはジグザグに走り、相手をかく乱する。
大きく飛びのいて銃弾を避けたついでに、地面に落ちていたショートソードを拾った。
相手の銃弾が切れた。
Dがダッシュをかける。
「ひッ…」
Dは一気に相手の懐に飛び込み、にやり、と笑った。
「あの世で懺悔シナ」
男が倒れる。
急所への一撃。即死だった。
Dが、いつもの癖で、軽く剣を振って血を払う。
が、その剣が拾い物だった事を思い出し、ぽりぽりと頬を掻くと、
ショートソードを地面に放り投げた。
闘技場に歓声が沸き起こる。
「勝者、D!」
モモラーの声が響く。
Dは手を上げて応えた。


礼拝堂に、オルガンの音が響く。
ゆったりとした、流れるような優しいメロディー。
天井のステンドグラスから入る光がオルガンの演奏者を照らし出す。
弾いているのは、シーンだった。
ばたん、と突然ドアが開き、こちらに誰かが来る気配がして、
シーンは演奏する手を止めた。
「ゴメン、邪魔しちゃったかな」
「で…殿下?!」
足早に駆けてきたのは、モラ王子だった。
一番前の座席に座って聞いていたネーノとノーネはビックリして立ち上がる。
特にノーネは、普通なら王子に直接目通りできる身分ではない。
思わずその場にひれ伏すノーネ。
「ああ、いいよ、そんな畏まらなくって」
モラ王子が苦笑し、ノーネに声をかける。
「どうなさったんですか、殿下?」
シーンも立ち上がり、臣下の礼を取った。
「ちょっとかくまって!」
「え?」
止める間も有らばこそ、モラ王子はオルガンの後ろの隙間に
あっという間にもぐりこんでしまった。
ぽかん、とするネーノが王子に何事かと聞こうとした時、礼拝堂の扉がまた開いた。
振り向けば、こちらにずかずかとやってくるフーン。
「フーン?
 どうしたんだ?」
ネーノが首をかしげる。ノーネも、床にへたり込んだままフーンを見上げた。
「ネーノ、今こちらに殿下がいらっしゃらなかったか?」
「何故?
 殿下がどうかなさったんですか?」
シーンが訊ねる。
「午後のヴァイオリンのお稽古を逃げ出したんです!」
「はぁ…それは…また」
シーンは憮然とフーンが言うのを聞き、思わず苦笑した。
ネーノが、フーンとシーンが会話している隙にちらり、とオルガンの方を見ると、
モラ王子が隙間から顔だけ出して唇に人差し指を当てていた。
「今どこにいるか、知りませんか?」
フーンの問いに、シーンが首をかしげる。
「さあ…今どこにいるか、僕にはちょっと」
「そうですか…見かけたら練習室に来る様言っておいてくれ」
シーンの言葉に嘆息したフーンはネーノ達に向かいそういうと、礼拝堂を出て行った。
扉が閉まる音に、モラ王子がオルガンの後ろから頭を出す。
「行っちゃった?」
「…ようですよ」
ネーノが頷くのを見て、王子はごそごそと這い出してきた。
パン、と服の埃をはたき、シーンを見る。
「司祭様が嘘つくなんて思わなかったな」
言葉の内容とは裏腹に、口調は楽しそうだ。
シーンは、いかにも心外だ、というように片眉を上げる。
「嘘なんかついてませんよ。
 『今』どこにいるか、『僕』には解らない、といっただけですから」
ネーノ達に聞けばまた違ったかもしれませんよねぇ、とのほほんと言うシーンに、
モラ王子は爆笑した。
思わずネーノ達も必死に笑いをこらえる。
「あはははは!
 それもそうだね!
 前の司祭は真面目で態度ばっか偉そうで、
 お話もつまんなかったけど、シーンは大好き!」
「有難うございます、殿下。
 僕も殿下のことが好きですよ…
 でもヴァイオリンのお稽古をサボっちゃダメじゃないですか」
言われ、ペロリ、と舌を出すモラ王子。
「だってつまんないんだもん」
「でも、やらなければならないことでしょう?」
シーンが王子に言い聞かせるように人差し指を立てる。
「先延ばしにして、後で苦しい思いをするより、
 さっさとやってしまった方がいいですよ。
 そうすれば、ちゃんと時間になれば終わるじゃないですか。
 …永遠に続くわけではないんですから、ね」
「うーん…
 わかった、シーンがそういうなら」
「殿下!
 やはりここに居た!」
再び扉が開き、フーンが足音も荒くこちらにやってきた。
思わずシーンの背後に隠れるモラ王子。
「危うく司祭様に騙されるとこでした!
 司祭様、殿下を甘やかすのはおやめください!」
ネーノが耐え切れなくなったように声を立てて爆笑する。
「騙されるフーンも、迂闊なんじゃネーノ!
 殿下も一応反省したみたいだし、
 今日はこのへんでやめといてもいいんじゃネーノ」
モラ王子がシーンの背後から、上目遣いでフーンを見る。
「…ごめんなさい…
 今からちゃんとやるから、ねっ?」
「すみません、
 きちんと言ってきかせましたから、怒らないでやってください」
王子とシーンに交互に謝られ、フーンが大きく嘆息する。
「…もういいですよ。
 行きましょう、殿下」
「うん」
モラ王子が頷き、シーンの背後から出る。
歩こうとしたところで、ふと王子が立ち止まった。
「殿下?」
「ね、シーン」
モラ王子がシーンを見上げる。
シーンは、モラ王子の声が聞こえたほうを向いた。
「なんでしょう、殿下?」
「昨日の怪我は大丈夫?
 頭打ったって聞いて心配したんだけど」
シーンは、自分のまだ膏薬が張られている額にちょっと触れた。
「大丈夫ですよ。
 お見舞いの花を有難うございます、殿下。
 殿下に、天の御加護がございますように」
「シーンもね。
 また後で来てもいい?
 さっきの曲、最初から聞かせて…
 フーン、大丈夫、お稽古はちゃんとやるから」
慌てたように最後に一言付け足す王子。
シーンが微笑しながら頷いた。
「もちろん、殿下」
「ありがとう、また後でね」
モラ王子が、フーンと共に出て行った。

再び、礼拝堂にオルガンの音が響く。
礼拝堂の外で、カモマイルの白い花が風に揺れた。

 end.



・『魔女は許すまじ』…旧約聖書、出エジプト記22-18「魔女を生かしておくなかれ」より
 この記述を基に異端審問用の教科書『魔女の槌』が作られた。
・ノーネの母親の子守唄…児童向けの賛美歌より。
 一応漢字入りで歌詞書いた方がわかりやすいかなと思うので下に↓
 『 一日終えて 眠る時 主よ 我が身を祝しませ
  御前に今日も 励みつつ 愛の御旨 学びたり
  我を去らず 昏き夜も 真昼の如く 照らしませ
  御側近く 眠らしめ 憂きと怖れ 静めませ
  やがて明日 来たりなば 御名を崇め 進みゆかん 』
・波刃のショートソード…刃の部分が波状になっている剣。
 直刃よりもより「斬る」ことを目的とした形。傷口がぎざぎざになるので治り難い。


**
とりあえず真っ先に、詫び入れます。

ゴメン!ネーノの言った『祈りの言葉』、アレ創作!
本気にしたらごめんなさい。あんな言葉ありません。
sheenという単語を使いたかっただけです。
とりあえず、これで「緋雨〜」から続く一連の物語はひとまずお終いです。
読んでくださり有難うございました。

あ、もしかしたらこの後Dは大尉に昇進したかも(笑)



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